小さい頃から野球をやっていたので必然的にパワプロをやっていた。パワプロにはサクセスモードというまだプロに入っていない選手になって、野球の練習をしたり、試合をしたり、街で買い物をしたり、はたまた女の子とデートをしたりしてプロ野球選手を目指すモードがある。パワプロでサクセスをやっていない男の子なんてこの世界に存在しなかった。女の子が先生に隠れてスカートを少し短くしたり、薄い化粧をしたり、ワンポイントの靴下を履いていたように、男の子たちはみんなサクセスで強い選手を作ることに明け暮れていた。
サクセスは3年間の選手の行動や試合を操作して、ちょっとずつ経験値を貯めて選手を強化していく。ただ高い能力を持っているだけではダメで、当然試合で結果を残さないとスカウトの目に留まらず、プロにはなれない。だから男の子たちは綿密に計算して最も効果的なイベントを探した。例えば5月の3週目にバッティングセンターに行くといつもはいないライバルが練習していて運がいいと特殊能力が獲得できる、だとか。
僕たちは野球部のマネージャーと同じクラスの幼馴染の女の子のどっちを彼女にすると最終的に強い能力が手に入るかを調査し報告しあった。「あいつ、顔はいいけどプレゼントがしょぼいから付き合う価値ないよ」などと囁き合った。僕たちは明け暮れていた。「パワーヒッター」欲しさに付き合いたくもない女の子と付き合い、最も効果的と噂されていたデート先に向かい最高のコスパを誇るプレゼントを渡した。僕たちは明け暮れていた。
そんなふうにして1年生と2年生を過ごしいい具合に仕上がった僕たちは、後はもう最後の夏の甲子園に優勝しさえすれば文句なしというところまで来て、ヤツに出会うことになる。そう、ダイジョーブ博士だ。ダイジョーブ博士は3年目の春にやってくる。僕たちはたちまちに怪しい研究室に連れて行かれ、そこで彼の実験台になることを迫られる。「疲れをとる」「怪我を治す」などの項目の最後に「とにかく野球が上手くなりたい」という選択肢が現れる。それを選択すると博士は困った顔をして「ソノ手術ハ危険ヲ伴イマース」と警告してくれる。そして僕たちは明け暮れている。
手術が終わると博士は「科学ノ進歩ニ犠牲ハツキモノデース」と肩をすくめる。僕たちの能力は大幅に失われ、速球のスピードは時速10kmも落ち、肩に爆弾を抱える羽目になる。足は遅くなり、バッティングセンスは失われ、僕たちは空を見上げる。僕たちは明け暮れていたが、明けたり暮れたりしていたのは空だったことに気が付く。
僕たちは肩をすくめる。噂によると手術が成功して、大幅に能力が上昇して意気揚々とプロの世界に旅立っていく人もいるらしい。けれど人生は一度きりなので、そんなこと僕たちにはもうなんの関係もない話だ。僕たちは肩をすくめる。「ダイジョーブ博士、全然大丈夫じゃないやん」と笑いながら、遅くなった足でオレンジ色に染まる坂道をゆっくりと登っていく。
ukari