「優しい場所」の入り口は、いつだってベッドの中にある。
優しい場所に行きたいと思うのは、傲慢なことだろうか。そこはきっと、某夢の国のような、得も言われぬ空気に包まれているに違いない。
布団にくるまった時の、あの容易に呼吸の出来る適度な圧迫感のようなものに包まれて、ゆっくり落ちていく。そこは自分しかおらず、誰も私のことを気にする人などいない。「一人は寂しい」と思うのは、「一人じゃない人が視界に入るから」だ。本当に世界に一人になったら、その時はもう「寂しい」なんて感情は生まれない。そこにあるのは、自分の中身と外身だけだ。
温かいミルクをカップに注いで、両手で持ちたい、と思う。電子レンジなんて色気のないものは使わずに、小さな取っ手と注ぎ口のついた鍋でじっくりことこと温めるのだ。ほのかに甘く、脳の後ろの辺りをゆっくり撫でるような匂いを嗅ぎながら、鍋とミルクの境目にふつふつと立つ泡を見つめ、自分の舌に少し厳しいくらいの熱さのミルクをカップに注ぐ。マグカップは、中が白色で、外は薄い緑色がいい。両手から伝わる熱が、両足の末端に届くころに、ようやくミルクは飲めるようになる。白く、淡い光だけがかすかに差し込む圧迫感の中で、ミルクを胃に落とす。耳から入るのは、自分の体を動かすときの衣擦れの音と、何かのせせらぎのような音だけ。目を閉じて、体中を巡る血液が、ミルクと混ざり合うのを想像する。自分の中に流れる、攻撃的な真っ赤な血液が、ミルクと混ざり合って、柔らかな桃色になっていく。
手元に何故かあった、室温のチョコレートを食べる。舌の温度で簡単に溶け出すチョコレートを舐めながら、どこからか現れたふわふわの塊を手で手繰り寄せる。ある程度の反発を持ったそのふわふわの塊を、立てた腿と腹の間に挟みこんで、それをさらに腕で足ごと抱きかかえる。後ろと前と左右からも、柔らかい圧迫感を感じながら、深呼吸をする。時計の針の音など、もうとっくの昔に忘れたような場所である。
そこでは、きっと、落ちる涙は全て、ふわふわの塊に染み込んで消えてしまうことだろう。
そんなことを考えながら、今日も冷たいベッドに潜り込む。スプリングの強いマットレスは私を抱きしめないし、外からは一人ではない人々の笑い声が聞こえてくる。
ここは、厳しい場所である。誰も、私のことを知り得ない。
mazireal