僕のおにぎりでユニコーンガンダムは叫んだ

おっさんになると太るというのは全世界共通のことわりで、残念ながら僕ももうおっさんに片足を突っ込む年齢になった。その事実は変え難いし、ことさら否定するようなことではない。ただどうしても自分が思い描いているサイズよりも体が二回りほどでかいと何かとてつもない負の感情が込み上げてくるのだ。「いいかよおっつぁん。バンタムってのはな力石が命をかけて下りてきてくれた階級なんだよ」とジョーが凄む場面が浮かんでくる。いや、流石にバンタム(53kg)まで絞ろうとは思わないが……

それだから夏からその終わりにかけてまでずっと昼飯なんて食べなかった。毎日パチンコをしながら。朝と晩には必ず数キロ歩いた。色々ツッコミどころは多いだろうが、とにかく僕はそういうふうに夏をやり過ごした。それでも体はどんどん膨張していった。晩に食べる弁当に揚げ物が多かったからだろうか。でもそんなことで太るだなんてことがこれまで一度でもあっただろうか。ユニコーンガンダムを打ちながら自問自答を繰り返した。バナージ・リンクスが「それでも!」と叫び手元のレバーが震えた。翠玉色のライトが目に眩しかった。

残暑も抜けて十月の始まる頃、ユニコーンガンダムに座っていた同志たちは釘の渋い台が増え段々と散り散りになっていった。僕たちは少し長生きしすぎた蝉のように渋々と翠玉色に光る台から引き剥がされていった。そのうちの一人は天才バカボンに望みを託して死んでいったし(バカボンは勝てる台だが、ハウスルールで捻り打ちは出禁だった)、トチ狂った一人はマクロスに座り跡形もなく消えてしまった。十月は虐殺の季節で、何もしなかった奴らだけが辛うじてまだ息をしていた。翠玉色のライトは最初に座った時よりも随分と淡く光っていた。

僕は昼飯におにぎりを二つ食べていた。何故僕はおにぎりを食べているのだろうか。そんな問いすら浮かんでこないほど確信に満ちた何らかの必然性により、僕はいつの間にかおにぎりをたくさん食べていた。異変に気づいたのはそれからしばらく経った後だった。夏の、翠玉色の光の中で軽々と命を浪費していた頃よりも体重が減っていた。どう考えても摂取しているカロリーは増えているのに体は膨張を止めていた。

栄養士は季節の変わり目には普段より余計にカロリーを消費すると言っていた。一方でコンビニのおにぎりは一度冷やしているので実質カロリーゼロという説もまことしやかに囁かれていた。僕はいずれの説もどこかしっくりこない気がした。そうじゃない。夏が終わると同時にユニコーンガンダムは死んでいたのではないかと思った。こんなことを言うと、いよいよ頭がおかしくなったのか、と本気で詰めてくる人が世の中にはいるのでそういう人はどうかyoutubeでひろゆきの動画でも見ながら心穏やかに過ごしてほしいと心から願うのだけど、僕はそう思った。

僕たちのカロリーはどこか次元の隙間に消えて、その分だけ死んだはずのユニコーンガンダムが叫んだ。終わらない夏とか永遠の楽園を信じる人たちの傍らではいつだって錆びついた体躯を軋ませて倒れていく者がいる。ラピュタのロボット兵のように。翠玉色は命の輝きのように眩しかったけれど、今ではそれは弔いのための柔らかな色彩だった。僕はゆっくりと握っていたハンドルを離してバイクに跨った。ウーバーイーツのバッグを背負ってもう随分と冷える夜の街を行ったり来たりしている。かっこよく言うと、それは次の子供たちがまた終わらない夏だとか永遠の楽園をひとときでも信じることができるように行う翠玉色の夜行だった。

ukari