記憶の向こう側、うっすらとした過去の自分の顔

ずっと、「飲みすぎには注意しなよ」と、色んな人に言い続けて生きてきた。お酒を飲む年齢になっても、同じことを言い続けてきた。記憶を飛ばすほど飲むって何なんだ、馬鹿なんじゃないのか、そうまでして酒を飲む理由はあるのか、と無責任に思い続けてきたのだ。

今現在、私は同じことをやっている。

深夜二時までベッドで丸くなり、眠れそうになっては悪夢を見て飛び起き、眠れそうになっては昔の黒歴史を思い出して冷や汗をかき、眠れそうになっては突然何かが無性に気になって、Googleを開き、『Excel ショートカットキー 一覧』などで検索をかけ、ひとしきり見終わる頃には、ブルーライトをたっぷり浴びた目はしっかり眠気を飛ばしてしまっている。そして次の日、きっかり七時に鳴るアラームを完全に無視して、ごろごろとベッドで転がって、冬の寒さに気付かないふりをするのである。

そんな日々を過ごしていたら、寝不足がたたって、昼間に眠くて眠くて仕方がない時間がやってくるようになった。夜、眠れずにベッドで無駄に時間を過ごし、昼間にも同じように何も生み出さない無価値な睡眠時間を取るわけにはいかない。

そこで、確実に夜眠る方法を考えた時、簡単に手に入るものが酒だったのである。幸か不幸か、我が家には私しか飲まないウイスキーがあった。

夜十一時を過ぎた頃に、私は氷の入ったグラスと、六十円で買った激安炭酸水のペットボトルを持って部屋に向かう。パソコンの電源を入れ、立ち上がるまでの時間でグラスにハイボールを作る。もちろん自分で作るから、濃いめも濃いめ、居酒屋では到底味わえない、がつんとしたウイスキー味のハイボールである。パソコンが立ち上がったらすぐさまYouTubeを開き、ゲーム実況動画を再生する。それを観ながら、私は夏場のマラソン後くらいの速度でハイボールを飲む。ここでなるべく速く、多くのハイボールを飲むことを目標にする。すると、そこまで酒の強くない私は、数十分もしないうちに瞼が重くなってくる。ゲーム実況者たちの、こちらまで愉快になってくるような笑い声を遠くの方で聞きながら、さらにハイボールをぶち込む。目の前がゆっくりとぼやけて、ゲーム実況がただのBGMになり、ただのBGMなのに何故か面白くて面白くて仕方がなくなってくる。そこまできたら、あと少しである。残りの炭酸水をハイボールにしたら、どれだけ頭が重かろうが一気に飲み干す。すると、飲み始めて一時間も経てば、もう自分が寝ているのか起きているのかすら曖昧な、文字通り夢と現実の狭間で揺蕩うような感覚になる。もう瞼を持ち上げていられないな、と判断したら、YouTubeを切ってパソコンをシャットダウンし、そのまま後ろのベッドに倒れ込むのである。すると、もう数分後にはすっかり夢の中である。悪夢を見ても飛び起きることはないし、わざわざ黒歴史を思い出すことも無い。何も気にならないから、再度スマホの明かりを浴びることもない。

それを、欠かさず毎日行うのである。

「飲みすぎはよくないよ、記憶を飛ばすなんてもってのほかだよ」と、過去の私が体を揺すっている。うるさい、と一蹴する。これに救われる人間もおるのだ、それをお前は何一つ分かっとらん、と無茶苦茶に喚き散らす。過去の私が困惑した顔で遠ざかっていく。

そんな夜の矛盾も、次の日の朝になれば、何一つ覚えていないのである。

mazireal