妹が子供を産んだのは風の噂で聞いていたけど先日初めてそれを生で見た。赤ん坊はすやすやと眠っておりとても小さかった。抱っこをさせようとするのだがそれは流石に落としてしまいそうなのでやめた。感想を求められたので「自閉じゃないといいね」と答えたところで、少しだけ周りの空気が張り詰めた気がして居た堪れなくなった。生まれてから長い年月同じ家で暮らしていた妹は当然僕がそういうことを言う人間だと知っているのでこれは被害妄想なのだが、自分の中で自分への嫌悪感が勝手に大きくなっていった。その日は実家で皆で鍋をする予定だったのだが、勝手に暇を告げて別の部屋でご飯に納豆をかけて食べた。納豆は好きなのに何だか石油製品を食べているようなのっぺりとした味がした。
最近はウーバーイーツの配達員をしている。これが僕にとってはドンピシャだった。もともと「座ったままハンドルを握っている仕事」が好きだったので長いことパチンコばかりやっていた。フードデリバリーもやってみるとわかるがやってることはほぼパチンコだった。座った状態でハンドルを握っている仕事だ。防寒さえしっかりとすればむしろ温かいくらいで車通りの少なくなった夜の地方都市を原付でフラフラと走り去っていくのは僕の乏しい情緒を柔らかく満たしてくれる。こんな寂れた地方都市にも恐ろしいほどたくさんの家があり、想像もつかないほど多様な生活が僕の知らないところでひっそりと始まり、流れてゆき、夜の訪れとともにブレーキが握られる。軋む音が鳴り響かないように、止まりたい場所の随分前からブレーキはかけられ、動力を失った鉄の塊は右か左に倒れそうになる。それを片脚で支えて信号を見上げ、その先にある青いフィルターの外れた夜のそのままの空を見上げる。眠りは星から発せられている。
気がついたら配達中毒になっていた。「デスストランディング」というゲームにそんな設定の悪者がたくさん出てきてたな、と思い出した。ゲームをやってる時は配達中毒なんて何のことだか想像もつかなかったけど、今の僕は紛れもない配達中毒だ。朝の9時から気づいたら真夜中まで配達をやめられない。ウーバーイーツのアプリがその日の乗車時間の限度を知らせてくれて初めて自分が休むべきなのだと気づくのだ。過ぎた時間に呆然として夜の路肩で原付を止めて空を見上げる。黒い空には星が浮かんでいる。妹の子供は眠るのが上手そうだった。でも小さい頃は皆そうなのかもしれない。大人になると眠るのが苦手になっていく人がいて、僕もそのうちの一人だった。あの赤ん坊がいつか将来眠ることが苦手になってしまったら、眠るということは本当は星のように様々で、自分が誰かと比べて眠るのが上手じゃないと悩んでしまっても、君は君の眠りを、誰かの負い目なんて感じずに、静かに待てばいいんだよ、と言ってあげられたらいいと思った。
ウーバーイーツばかりだと健全ではないなと思ってパチンコに行った。北斗の拳の新台が出たと風の噂で聞いたのもある。けどその日のケンシロウはかなり調子が悪そうに見えた。ジャギにすら勝てなかった。腰か膝の調子が悪かったのかもしれない。ウーバーで稼いだ数万円が無くなって僕はあれれと思った。夜の街をフラフラ走りながら星がそういう夜もあるよねって感じできらきらと光っていた。
ukari