クロノス、スタシス


あさ、目が覚めると僕は一匹の太陽虫だった。
薄明かりの中で椅子に掛かったパーカーを見つけ出して布団の中にむんずと引き摺り込み着てしまうのであった。
アナログの時計を見つめて、もう少し眠っていられるような気がするのは、目を瞑っている間だけ、時間が止まってしまうせいだと思う。カーテンの裾が分かれていて、ひんやりとしたガラスが見える。太陽がガラスを光の粉で洗っている。あさ、はそういう時間だ。なあ、外は寒そうだぞ。


ねえちょっと待ってください、布団から出るだなんて、僕にはまだここでやらなければいけないことがあるんですよ。例えば、ブルフィンチのギリシャ・ローマ神話を読むこととか。部屋の中にいても息が白いじゃないか。布団はちゃんと足まですっぽり掛かっているだろうか。毛布はどこかでよじれてしまっていないだろうか。兎にも角にもギリシャ・ローマ神話までも引き摺り込んでしまった。ブルフィンチは序文で「(この本には)良風美俗を犯すような物語や語句は一つも収めておりません」と書いている。そんなことを言われると途端に良風美俗を犯したくなる。よし、そうだ、二度寝をしよう。

(二億年後)

あさ、目が覚めると僕は一匹の太陽虫だった。
折しも、世界は三度流転し振り出しに戻っては終末を迎えクロノスは三度ゼウスに打ち倒され、ハデスは三度柘榴の花をペルセポネに贈った。そして僕はまた薄明かりの中ユニクロのウルトラライトダウンを見つけ出しむんずと引き摺り込み着てしまうのであった。中学生の頃、学校の授業が長すぎてずっと時計と睨めっこをしていた。あの時、時計の針はほとんど止まっていたと言っていいと思う。クロノスタシスっていうらしいよ(どこかで聴いた曲だ)


時間の神さまクロノスとゼウスの父クロノスは別神らしいのだが、たまたま同じ名前だなんてそんな都合のいい話があるのだろうか。僕たちが生まれるずっと前には時間なんてなくて、ゼウスが雷霆をクロノスの眼前で払った時、そこからビニール袋に入れた水が少しずつ漏れ出すみたいに時間が溢れ出した。布団の中でアナログの時計を見つめて、ちょっとくらい時間が止まってくれたっていいじゃないか、って思う。でもそんなふうに上手くはいかない。かつての神さまにどんな血が流れていたのかは知らない。けれど血は流れ続けている。


カーテンの裾が分かれてひんやりとしたガラスが見える。光の粉で洗われた屋根屋根がいつもよりもくっきりと寒空に刻まれている。

ukari