底なし

人を殺してしまった日はチャムをたくさん撫でることにしていた。水溜りをジャンプするときに映るわたしの姿が六本足のモンスターに見える。午後、キラキラ光る太陽、北極に春の死骸が落っこちてたんだって、ニュースで言ってた。わたしたちは底なしにご機嫌でそのせいで地軸がもう三度傾いたんだ。ネオンライトを眺めるだけでバカみたいに笑った。

街の灯りが完全に消えるまで、きおく、をパン生地みたいにこねまわして、オーブンで焼き上げる。つまり比喩として。わたしはそういう仕事をしている。全然知らない人のパンは、最初にこねる時、ちょうど薬の包装シートを捻り潰して捨てる時みたいにパキパキパキって音を立てる。メキメキメキ、だったかな。アルミとプラスチックがやさしく抱き合う音。わたしはパンを焼く。全然知らない人がたまに涙を流す。冷たい雨が降っている。

いつだか名前もわからない、本当に知らない人が一冊の絵本を置いて行った。少女はクリスマスの夜にマッチを売っていた。マッチを売らないと家に帰れなかった。仕方ないので少女は体を売った、身も知らずのおじさんに。その後少女はマッチで自分の体を燃やした。でも燃えたのは爪のほんの先っぽだけだった。

この夜が明けるまでずっと、彼女は自分のことを殺し続けた。春の死骸は氷に乗ったまま流されて、遠い海に沈んだらしい。遠い死は、いつだってわたしたちに関係していない。彼女はその後底なしに笑って家に帰って行ったのだろう。その指先で触れることができるものはあまりにも少なく、温かなものが伝わる気配なんて1ミリも無い。