明日からはダメな人間だっていい。だけど、今日だけは。

ここのところ、なんだか体調が悪かった。
夜は眠れず、悲しくないのに涙が出てきて
どうして自分は生きているのかという疑問が浮かぶようになり
体は重く、時間を過ぎるのをただじっと待つ日が続いていた。

原因は連日の残業だった。
ひたすらに大量の書類とにらめっこする日々は
それなりにストレスを与えたらしい。
有休をとった日、ベッドのなかで目をつぶりながら思い出したことは、
デヴィットボウイの曲に出てくるトム大佐のことだった。

トム大佐とは、デヴィットボウイの曲のなかで登場する
架空の人物であり
スペースシャトルに打ち上げられて
地球に還れなくなった男のことである。

「Space Oddity-David Bowie」

Here I am floating ‘round my tin can.
Far above the moon
Planet Earth is blue
And there’s nothing I can do.

わたしは今、ゴミと一緒に宇宙を漂っている
月があんなに小さく
地球はこんなにも青い
ここでわたしにできることは
もう何もない

(いいかげんな翻訳:zbm)

上記の歌詞はトム大佐の台詞だ。
ベッドのなかでわたしはトム大佐のように、
職場という名前の惑星から
自分だけ宇宙に飛ばされたような気持ちになっていた。
そのまわりをまわっていた緊急の案件、
電話するはずだった取引先、
気立てが良く丁寧な仕事をする後輩、
そういったものの全てが自分から遠ざかっていくような気がした。

このまま、二度と職場に復帰できないのかもしれない。
いろんなことを考えても体調が悪いので
自分自身ができることは休むことぐらいしかなく
それ以外何もなかった。


そう、生きていると自分にできることはもう何もない
ということが往々にしてある。
わたしの生活は、社会という軌道から大きく逸れて
わたしの魂の自転や公転の速度はすこしずつ遅くなり
地軸も社会から離れ始めていた。

けれども、無理してその軌道にずっと乗っている必要はない。
デヴィットボウイはこうも歌っている。

「Life on Mars?-David Bowie」

Sailors fighting in the dance hall
Oh man,look at those cavemen go
It’s the freakiest show
Take a look at the lawman
Beating up the wrong guy
Oh man,wonder if he’ll ever know
He’s in the best selling show
Is there life on mars?

フロアで喧嘩している船乗りたち
ほら見て、洞窟に住む人たちが歩いてる
奇々怪々の茶番劇
ほら見て、裁判官が一般市民を殴り倒してる
いつか彼も気がつくのだろうか
ゴールデンタイムのバラエティに出演していることに
ああ、火星に人は住めるのかなあ

(いいかげんな翻訳:zbm)

これはわたしの勝手な解釈なのだけれど、
地球で起こるできごと、
それは戦争だったり、貧富の差であったり、冤罪だったり、
そういう生きていると必ず直面する理不尽な出来事に
デヴィットボウイはうんざりしているんじゃないかとこの曲を聴いて感じたのだ。
そして、ボウイはぼんやり空を見た先に輝いていた火星を眺めながら、
いっそ別の星に移住してしまいたい、という気持ちを抱いたのではなかろうか。

実際、こんな曲もある。

「Looking for Satellites-David Bowie」

Nowhere,Shampoo,TV,Combat,Boyzone
Slim tie,Showdown,Can’t stop
Looking for Satellites
Looking for Satellites

どうしようもない
シャンプーとテレビと人間同士の争い
そしてアイドル歌手たち
細いネクタイを締めて、勝負をする
あれから未だに
やめられないでいる
衛星を探すことを
衛星は今、
どこを回っているんだろう

(てきとうな翻訳:zbm)

こんな風に、現実逃避をするかのように
ボウイは空を見上げては
トム大佐や火星、衛星などを思い浮かべている。
それはわたしにとって、
体調の悪い時はベッドに逃げ込んだって良いんだよ
と言われているような気持ちになるのだった。

それでも、ボウイはいつでも空を見上げているわけではない。

「Heroes-David Bowie」

I,I will be king
And you will be queen
Though nothing,will drive them away
We can be Heroes,just one day
We can be us,just one day

僕は 僕はキングとなり
そして君は 君はクイーンになる
戦える武器が何もなくとも
僕らはヒーローになれる たった一日だけなら
僕らはひとつになれる たった一日だけなら

(てきとうな翻訳:zbm)

かの有名な曲「Heroes」では
ヒーローになれる、
と堂々と歌うのである。
あの空を見上げながら現実逃避するようなボウイが
こんな前向きな歌を歌うのだからびっくりしてしまう。

そして正直、体調の悪い時にそんなこと言われても困惑することもあるだろう。
こちらはヒーローどころか、布団から出るのもしんどいのだから。
けれど、曲の最後には「たった一日だけ」という言葉がつく。
ヒーローでいるのは今日いちにちだけでよい。
明日からはダメな人間でいたっていい。
だけど、今日いちにちは、最高のヒーローでいよう、
デヴィットボウイはそんなふうに優しく歌うのである。
それを聴いてわたしはちょっとだけ、
ほんの少しだけ、ストレッチでもしてみようかな、
そんな気持ちになるのだ。