昼休みの間中、僕は彼女の視線の行き先を見ていて、
手作りの名刺、連絡先が書かれた名刺をいつ渡そうかと、
タイミングを見計らっていた。
神さまの愛があるとして、
それは多分僕が持っている愛とは形が違うんだろうけど、
後押しするように休憩室を照らしている。
階段の踊り場に向かう彼女の小柄な体、
キレイに背筋の伸びた体よりも、僕は先に行く。
現実の小さな物語が、小説よりもコミカルで純粋だとしたら、
あの時間のことを指すはずだ。
タイムカードを押す一歩手前に名刺を手渡すと、
彼女は「見てみよう」とだけボソッと呟いた。
〇や▢、△。色々ある世の中で、
僕が選んだのはあの形だった。
美しい薔薇の造りもしていないし、鏡張りの高層ビルにも似ていない。
もっと滑稽で珍妙。どちらかと言うと不格好だ。
派手な装飾や、凝った修辞もそこには存在しない。
店内に続く狭い通路を、足早に歩いていく後ろ姿は、
相も変わらず伸びきっていて、整っている。
神さまの愛の方が彼女を庇護するかもしれないし、
僕の愛は彼女を腐らせてしまうかもしれない。
あるいは、
彼女が仰向になってベッドで聴く音楽が、
死んだブルースになってしまうかもしれない。
なのに、
僕は注ぎ込む。人の姿をした何ものかに。
曇り空が次の瞬間には。
創作秘話
前回、「黒い粘膜」と「内臓の奥まで」をこちらに載せて、夕狩さんに寸評までもらったのですが、その寸評において夕狩さんが速い詩、遅い詩ということを言っていて、象徴的な表現が多い(速い)、具体的な表現が多い(遅い)とした上で「けいせいさんの詩は速いですよね」と指摘をもらったので、今回はひたすら「遅い詩」を目指しました。書いてみて分かったのは、僕は「速い詩」が得意だし好きなんだ、ということ。そして「遅い詩」を目指すと伸びしろがまだまだあるかなということ。そんなことも念頭に置いて再度ご覧いただければ笑 面白みも増すかと思います。