生活

そうして何だか、こうして文章をぽつぽつ書いているわけだけれども、生活というものは本当に味気のない日々が続いているばかりで、平日はといえば九時から十七時までじっと椅子に座って誤字脱字がないかひたすら文章を校正校閲する仕事をしているだけで、休日はといえば、放っておきっぱなしにしてあった、スタッキングシェルフとやらにつもった埃を雑巾で拭いたりする時間を過ごす日々が続いている。

そういう毎日のなかで、何かを書かなければいけないと思うのだけれど、何を書いたらいいのやら、書こう書こうとしているうちに、何を書きたいのか、そういえばどうして文章なんて書き始めたのかわからなくなって、何かいいことを思いつきはしないか、そう期待してパソコンの前に座るととたんにすべての言葉が沈黙をはじめる。我慢強くない人はこういう沈黙に耐えられなくなって、なにか他に自分にできそうなことはないか探してしまって、スタッキングシェルフを掃除したりしてしまう。

スタッキングシェルフとは無印良品で買った、お洒落な人が使っていそうな、引き出しを入れてもいいし、カゴを置いてもいいし、そのまま本棚にもなりそうな、自由度の高い棚のことで、それが部屋のドアの前にずいぶんとスペースをとって置いてある。そしてわたしはひどくずぼらな性格なため、掃除といえばクイックルワイパーで床を拭くことしかしないものだから、そのお洒落になるはずだったスタキングシェルフには気づいたときにはとんでもなく埃がたまっていた。特に、使わなくなった電子機器をプラスチックボックスに放り込んでいて、iPhone6s、ポメラ、アンカーのバッテリーなどに、目に見えるほどのまとまった埃がたくさんついていて、お洒落もなにも、とにかく小汚いスタッキングシェルフを雑巾で片端から拭き、そうしてときどきよくわからない小さな茶色い虫(おそらくチャタテムシと思われる)をつぶして殺しながら、積もり積もった、生活の汚れをふき取っていた。

埃すら積もっていく。時間軸を経ていく中で、これだけ何か形を成せるものは少しうらやましい。チャタテムシすらわたしの部屋で卵のひとつやふたつを産み、子孫繁栄に努めていたのだろう。生活というものは、なにかを積みあげるというよりかは、時間軸のなかを自分自身を横移動しているような感覚に近い。それも、前に進んでいるというよりかは、時間軸に遅れないように、必死に自分の体を移動させているような感覚だ。それはエンストした車を、複数人が押して前に進むかのように、わたしも自分の体を現在に間に合うように一生懸命移動させているような感覚だった。万が一、現在から遅れをとってしまって、過去に自分の体を置いてきてしまうようなことがあったら、それはもうわたしはこの世にいないということになる。それだけはいけない。いや、いけないということはないのだろうけれど、わたしは望んでいない。けれどときどき、五分前に自分の残像を見つける。そういうときは、だいたい疲れている。

そうだった、そんな風に、過去に一瞬でも自分を置いていきそうになった人たちのために何かを書こうとして、そうして、そうしてどうしたんだっけ。そんな大事なことをどうして忘れていたのか、忘れたことを忘れて、そうか、きっと、書いたことで、書くことを思い出したのかもしれない、書くことを忘れていた手が、書くことを思い出し始める。今年初めて発生した台風が、いつの間にか温帯低気圧に変わっていって、降っていた雨が止んで、肌寒い空気のなか、この街で飼われている犬たちが、五月の最後の日を散歩していく。差す必要のなくなった傘がわたしの左手には握られていて、郵便ポストに郵便見に行くのめんどくさいな、などと思った。

7件のコメント

  1. >それはエンストした車を、複数人が押して前に進むかのように、わたしも自分の体を現在に間に合うように一生懸命移動させているような感覚だった。

    >そうだった、そんな風に、過去に一瞬でも自分を置いていきそうになった人たちのために何かを書こうとして、そうして、そうしてどうしたんだっけ。

    掃除をして、体を動かして、観察して、気づいて、感じる。書く。つながる、思い出す。書く。身に沁みる文章でした。僕はこういう文章に憧れます。ありがとうございます。

    1. ngkgさん

      こちらこそ、読んでいただきありがとうございます。
      読んでいただけただけでも嬉しいんですが、身に沁みるだなんて、光栄です。
      また何かがんばって書きます。

  2. 最後に立ち尽くしている主人公は、あらゆるもののつながりをさとり、自分自身が過去に埋もれそうになりながらも生活という正しいことを行ってきた自分を振り返って、縁のままに、全てを良く変えて行くのだろうなと思わせてくれます。掃除という善行を行いながら、自らの仏性をあらわにする経過を描いた感動的な作品です。

    1. 黒髪さん

      読んでくださってありがとうございます。
      わたしに仏性なんてあるのかしら…。あったらいいんだけどな、なんて思います。
      感動的だなんて、そんなものは書けていないと思うのですが、嬉しいです。ありがとうございます。

  3. なんか長さがいいなっておもった
    あと自分の細かいネガティブの感情にセンシティブで逆にとても倫理的に生きてるんだなっておもった
    ぐっどらいてぃんぐだとおもった

    1. はいくんさん

      読んでくれてありがとう~
      倫理的かあ そうなのかな?笑

      はいくんの文章も読みたいよ~
      どっかで読めるんかな?

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