MJ with my old mates

玄関の脇にかけたかなり大きめの掲示板にマイケルジョーダンのポスターが飾ってある。フリースローラインから踏みきって今しもリングにダンクしようと手を伸ばしている。スニーカーのロゴのあのやつである。スタジアムに詰め寄せる観衆がどこか驚きの表情でそれを見つめて永遠に息を飲んでいる。なんだかそれは間の抜けた感じを与える。あっこの右端でかがんでいるこいつはなんか良いやつそうだな、とかって思う。

その横にはかつてこの家に住んでいたひとびとの写真がメッセージボードに貼られている。彼らは永遠に若々しく青春を謳歌しているように見える。その隣には学生証と運転免許証がずらりとピンで留められている。なんとなくしかつめらしい顔をみんなしている。その顔ひとつひとつを見ればいちいち思い出すことがある。快いような煩わしいような感情といっしょに。何もかもそのときは大層なことではなかったのに、今となってはずいぶんと見えかたも違う。

写真の中の世界はいつまでもその瞬間のままそこにいる。それはこう僕たちに語りかけてくる。「俺たちが永遠で、ずっとこの瞬間に凍りついているというが、そんなの当然ではないか。ただ眼でみるかぎり世界は凍った花火である。お前たちが経験したものは、もはやお前たちには見当たらないようだが、たしかに全ての瞬間はあったし、現に今もあるのだ。ただお前たちが遠ざかっていくだけなのだ。ただお前たちの感情がそこから離れどんどん小さくなっていくのだ。こころは流され流されていく。思い出だけが、ただ思い出だけが、俺たちを永遠たらしめているのだ」

kolya

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