先日、ある人に手紙を書いたら、その人は死んだと返事が来た。まだあると錯覚していた繋がりがなくなっていた虚しさを感じながら。これで何度目だろう。人が死ぬのは。僕はその人とかつて繋がった。誰かと繋がるような生き方をしていた。僕はその生き方に満足していた。飛び回っていた。
今は身動きが取れない。
「こっちで暮らせよ」と声をかけてくれる人がいる場所に行くこともできない。怖くて動けない。何が起きている?僕はどうしてか、動きを求めていないようだった。怖い。強く足を引っ張られている感覚。動けない。トラウマというものだろうか。衝動に任せて事業を始めたことがあった。挫けた。失敗した。立ち直れなかった。弱かった。痺れて動けない。失敗。弱さ。諦めの記憶。それでも僕はまだ何かを諦めていないようだ。壁に挟まれてジタバタしている。壁の中で空げに暮らす寂しさと引き換えに何を手にしているのかわからない。壁の重みの中で惰性に暮らしているのが、僕は嫌なのだろう。寂しくない暮らしを想像してみよう。この壁の外の暮らしを想像してみよう。僕は腐り始めた僕を身削ぎ始めた。いわゆる断捨離だ。
一冊
手に取る。
この本は
おどろおどろしい恥の記録。
恥に押しつぶされそうになって築き上げた、恥が滲み出るお守り。
これは宿題であり宿命であり使命であると誰かが言う。
この壁は壊すものではない。乗り越えるものなのだと。
私が壊そうとしている壁一面の恥の中で誰かが言う。
一冊
手に取る。
この本は
ドヤ顔のトロフィー。
僕がここまで生きてきた証。
僕が成し遂げた何かの記念碑。
私が私である根拠を失いたくない気持ち。
私が何者かであるように偽る壁。
でもどうしてか。この本をどこかに売ってしまう捨ててしまうことがためらわれる。まだ僕が、克服していないせいだろう。私にはその本がまだ必要だ。と思えば、また壁に挟まれる。僕はまだ成しきれていないのだろう。と思えば、また壁に挟まれる。壁はしかめっ面をこちら側に向けている。真面目な顔をして。深刻そうに。お前は知らないのだろう。外の世界を。お前は知らないのだろう。お前の顔が、ひどく汚れてくすんで疲れ切って見えることを。
手紙を思い出した。色彩を見せてくれたその景色を。手紙を壁に穿つ。
切り刻んでスキャンしてしまおうか(未練がましい)。切り刻んで。燃やしてしまおうか。破り捨てる祭。燃やす祭。ただ捨てる、売るのでは足りない気がした。喪に服する時間、暇乞い、屍人との別れる振る舞いをし続ける時間。喪失への準備。僕の力になってくれていた生き延びさせてくれた守ってくれていた本に感謝を込めて。体にわからせるように、喪失の戸惑いを馴染ませるように。喉を開いて、目を開いて、声をあげて。掻きむしって、地団駄を踏んで。燃えていく彼らを目に焼き付けて。君は一度死んだ。そして今も死んでいる。君が必要になる時には、僕は君を呼び覚まそう。僕の預かり知らぬどこかで、眠っていてくれ。僕はもう君たちを抱える動機を失った。というより、関わりを重たく感じるんだ。僕は弔おう。かつて僕の目を引き、僕に何かを与えてくれた僕を助けてくれた君たちを。僕が何かを探して手に取り、何かを見出そうとして出会った君たちを。僕の可能性であり続け、可能性でしかなかった君たちを。壁の中に閉じ込めてしまった君たちを。人を愛せなかった僕。シャーマンになれなかった僕。マッサージ師になれなかった僕。音楽家になれなかった僕。セラピストになれなかった僕。カフェのオーナー、花屋さんになれなかった僕。お前はソレになれなかったのだという呟き。作り損ねた異形の姿を。壁に染みついた僕の陰影を。私は悲しもう。手放そう。僕は言い聞かせる。
まぁ、本を処分するだけの話だが。
***
手紙を胸に抱いて呪文を唱えます。
呪文を唱えながら壁をなぞります。
「 」
それから壁の中から一人手招きして連れてきて
服を脱がせます。
髪の毛を束ねて切ります。
台の上に寝かせます。
背中に刃を入れます。
薄く一枚ずつ切っていくように何度も切りつけます。
背骨が外れたら。
棺桶に入れます。
スイッチを押します。
ガシャん。
また次に、次々と取り掛かります。
ああ、お前たちは、うんこのようだ。
肥やしにもなれなかった、うんこにすらなれなかった、うんこのようだ。
僕が出した汗、剥がれた皮膚、切り取った爪のようだ。
うんこにもならず食い散らかされたかつて何かであったものの残骸のようだ。
本当にお前たちを食い尽くすには、何度も食べなければならなかったか。わからない。
今は食欲がない。しかし動き出したい。この場所は、沈みかけている。
お前が必要になったら、お前を探せばいい。呼べばいい。
僕は僕に言い聞かせる。
「 」
まぁ、本を処分するだけの話だが。
***