誰かが歌った歌

  

エピローグ

 

生ける屍とはよく言ったものだ

そこらじゅうで人を食い散らかした怪物たちが歩いている

心を失った人の姿をして歩いている

怪物の中でひっそりと暮らす人のほとんどが

人である術を忘れてしまった

この世界で

無我夢中でここまできた

頑張ったんだ

今日まで生きてきたんだよ

頑張ったんだよ

何も知らない僕らは

悲しみを言葉にすることが

涙することが

頷くことが

僕らを命に繋ぎ止めることを

明日の朝、僕らがまだ人であることを

歌い、祈った

力のありかを忘れた僕らは

呼びかける力を忘れた僕らは

歌を忘れた僕らは

泣くことを忘れた僕らは

息を止めることしかできなかった

僕らは、思い出すために

歌い、祈った

 

***

 

星の歌

 

暗闇と共に、私はやってくる

見上げさえすれば見えるところに、私はやってくる

光の一粒よ

小さき者よ

私にはおまえが見える

おまえに私が見えるように

光の一粒よ

小さき者よ

おまえが隠れるとき

私も隠れる

朝日と共に、私は去っていく

光の一粒よ

小さき者よ

私は巡ってくる

 

***

 

月の歌

 

私はざわめく波を照らす

私は静なふりをした森を照らす

私は風に揺れる一輪の花を照らす

私は冷たいアスファルトに倒れ込み血を流すおまえを照らす

私は枯れていく木々を、芽吹く種を、しなやかな若木を照らす

私は照らす

排水溝に閉じ込められた一匹の鈴虫を

私は誰もいない寂れた家を照らす

私は打ち上げられた横たわった流木を照らす

私は駅前のベンチに座り込む一人の少女を照らす

私は光におびき寄せられる獲物を狙う一匹の白鷺を照らす

歌を歌い泣き叫び走り回り肋骨を開き両手を広げ飛び上がる一つの命を

私は照らす

 

***

 

電車の歌

 

私は今日も運んでいく

絶望と希望を運んでいく

喜びと悲しみを運んでいく

行ったり来たり繰り返し

私は今日も運んでいく

ある日、私は怒りを運んだ

怒りの奥底にある悲しみと寂しさを運んだ

怒りが目的地についたあと

何が起きたか私は知らない

私は全身を揺らし、歌を歌った

小さき者をあやすように

泣きじゃくる者を包み込むように

ある日、私は喜びを運んだ

喜びの奥底にある悲しみと寂しさを運んだ

喜びが目的地についたあと

何が起きたか私は知らない

私は全身を揺らし、歌を歌った

小さき者に笑いかけるように

泣きじゃくる者を包み込むように

ある日、私は絶望を運んだ

絶望の奥底にある悲しみと寂しさを運んだ

絶望が目的地につくことはなかった

踏切から飛び出してきた絶望が

私を止めたからだ

私は全身を揺らし、歌を歌った

小さき者に届くように

泣きじゃくる者を包み込むように

 

***

 

太陽の歌

 

私は空を歩いていく

私が止まった世界を私は知らない

私は命だ

命を繋ぐ命だ

夢見の時間に、私はおまえから離れる

おまえを焼き殺さぬように

おまえがおまえであるように

私はおまえに宿っている

おまえが口にするもの、吸い込むもの、目にするものに、私が宿っている

私はおまえの中で燃えている

私は空を歩いていく

おまえが大地を歩くように

おまえは空を歩いていく

私が大地を歩くように

私は空を歩いていく

私が止まった世界を私は知らない

私は命だ

命を繋ぐ命だ

 

***

 

怪物の歌

 

おまえに私の話をしよう

おまえが私から逃げられるように

おまえが私に食い殺されぬように

私は寂しいのだ

私は悲しいのだ

だから私はおまえを食らう

私が欲しいものは、おまえの命だ

私はおまえの命を弱らせて喰らいつく

それでもおまえの命は抵抗する

そうさ!抵抗するんだ!

だから弱らせるんだ

閉じ込めて、縛り付けて、身動きを取れなくさせるのさ

どうして私が怪物になったかって?

間違わないでくれ、私は怪物ではない

命が弱った一人の人間だ

抗(あらが)うことができなかった弱い人間だ

逃げられなかった人間だ

閉じ込められて、縛り付けられて、身動きが取れなくなった人間だ

私たちは歌うことをやめた人間だ

ほら、私の仲間が笑いながらやってきた

人間の姿をしてやってきた

私は寂しいのだ

私は悲しいのだ

だから私はおまえを食らう

私が欲しいものは、おまえの命だ

私はおまえの命を弱らせて喰らいつく

それでもおまえの命は抵抗する

そうさ!抵抗するんだ!

だからおまえは歌を歌うんだ

大きく息をして、吐き出して、おまえはおまえの歌を歌うんだ

おまえに私の話をしよう

おまえが私から逃げられるように

おまえが私に食い殺されぬように

 

***

 

悲しみと寂しさの歌

 

(悲しみのリフレイン)

悲しい!

聞いてくれ!ありったけの悲しみを聞いてくれ!

悲しみで消えそうな小さな私の声を!

(寂しさのリフレイン)

寂しい!

聞いてくれ!ありったけの寂しさを聞いてくれ!

寂しさで消えそうな小さな私の声を!

ある日絶望がドアを破って僕らの口を塞いだ

僕たちは息絶え絶えに息を潜めた

絶望は暗い地下牢に僕らを閉じ込める

滴る水の音が永遠を告げる

差し出される絶望を口にして悲しみと寂しさは生き延びた

夜か昼かもわからない時間の中で僕らは夢を見た

ある日希望がドアを破って僕らを抱きしめた

僕らは声を出して泣いた

希望は暖かく明るい火を焚べる

薪が弾ける音が止み、暗闇に包まれた

目を覚ました彼らは、あいかわらず牢屋の中だった

彼らは差し出される絶望を口にするのをやめた

それが彼らの命を削るものだと分かったからだ

そして彼らは獲物を狩るキツネのように、機会を逃さず逃げた

全力で逃げた

この扉からは、希望は入ってこないことを知って

そのとき、すでに彼らの中に希望が宿っていたことを知らずに

彼らは旅に出た

希望と出会うたびに

けれどもどこに行っても希望は見つからなかった

(悲しみのリフレイン)

(寂しさのリフレイン)

彼らはまた今日も、夢を見る

暖かな焚き火に照らされながら

***

 

年老いた戦士の歌

 

私は誰かのために泣いてきた

私は誰かのために血を流してきた

力の源がやさしさであることを

私は知っている

やさしさは、捧げることではないことを

戦士になるよりも難しいのは、戦士であり続けることだ

私たちのうち何人かは、怪物に食われた

私たちのうち何人かは、血を流して死んだ

私たちのうち何人かは、洞窟に閉じこもった

私は戦士であり続けるために、小さく弱きものに

小さく弱い私は、守られなければならなかった

繋がりを失った戦士たちが次々とに怪物に食われ

争(あらが)う力を誰も持たなくなった世界で

それでも抗(あらが)おうとする弱き者たちが

若き戦士になる物語を、私は歌おう

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