白髪を抜くと剥げてしまうことは分かっている。それでもわたしは自分が年を取ったことを受け入れることができず、生えてきた白髪を抜くということで老いという事実から目を背けている。だって、成長しきった人間にとって年を取るって見た目も愚かになるうえに、できないことが増えていくからだ。そんな未来、想像するのも嫌だ。
先日、ポエケットで詩集を買った。読んでいるのは、『詩集 87歳のかわいい探偵は88歳になりました』高細玄一さんの詩集だ。タイトルにもなっている、80代のおばあちゃんが何とも可愛らしくて、思わずクスッと笑ってしまう。
一緒に見ていた大リーグ中継が 大谷が三振するからといって
「いっちょんおもしろーない」と九州弁で言い
いつのまにかワイドショーに切り替えられていたり
そうかと思うとまた大リーグ中継に戻っていたり
そんな毎日(※1)
きっと、テレビで大リーグがやっていたから大谷選手のホームランを生で見れるかと期待してたけれど、ボールは一向に遠くに飛ぶ気配がなく飽きてしまって、じゃあとりあえず別のチャンネル何やってるのかなってワイドショーを見始めたものの、芸能人の誰かが覚せい剤で逮捕されたとか、どっかの市長が学歴詐称してたとか、そんなことばかりしかやってないから結局どのチャンネルも面白くなくて、またチャンネルを大リーグに戻したんだろうな、なんて想像する。まあ、つけておいたら、あわよくば大谷選手のホームランを見れるかも、なんて期待を持ったか持たないか、少なくともこの時おばあちゃんはすでにウトウトしているような気がする。そんな風に、見知らぬどこかのおばあちゃんの姿が立ち上がってくるところが、この作品の素敵なところだ。
そういえばわたしの父も先日、母がいないのを良いことにソファで寝っ転がって大リーグを見ていた。うるさい母がいない土曜日の午前中、父は次第にウトウトし始め、大谷選手がホームランを打った瞬間ふと目を開き、「これ、ニュースで見たな。」とおもむろに言った。なんと、父がえいえん見ていたのは再放送だったのだ。スポーツの試合ってリアルタイムで見るからドキドキするのであって、過去の試合を見るぐらい父にはやることがないのかと思うと、残念というか哀れというか、定年退職したら父はどうなっちゃうんだろうと余計な心配をしたりする。
僕が母と一緒に暮らしていたのは18歳までだ
大阪の家を出て京都の大学に行くためひとり暮らしを始めた
新聞奨学生になり朝夕の新聞を配り 大学に行く生活
それから母の いってらっしゃいは なくなった
長いこと それぞれの生活をして 今ここにいる
64歳にもなってあんまり遅くならないようにねと言われる
長い長いお互いの時間はどこかへ行ってしまい
もう退職した息子に接続するものは やっぱりある種の単語だったりする。(※2)
わたしは未だに実家で暮らす、言わば流行りの「子ども部屋おばさん」なのだけれど、社会人になって残業していると未だに「何時頃帰ってくるの?」なんてLINEが来たりする。母にとってわたしはずっと子どもなのであり、わたしにとって母はえいえんに母親なのだ。著者は何十年ぶりに同居する母とのコミュニケーションの違和感について描くが、わたしは何の疑問も持たず小学生のときと同じ会話を何十年と続けている。
著者の母はかわいい探偵となっているが(どうして探偵になったかはぜひお手に取って本書を読んでいただきたい)、わたしの母は、父は、いったい何者になっていくのだろうか。毎日顔を突き合わせていると気が付かないけれど、いつの間にか二人とも背中が小さくなったような気がするし、先日は父が突然、救急車で運ばれ入院するという出来事もあった。手術も入院もしたことがない、食いしん坊でメタボな父が電車のなかで突然倒れるなんて思ってもみなかったから、これが老いなのかと実感するとともに、とてもショックを受けた。バカみたいというかバカなのだけれど、わたしの母と父はずっと元気で、ずっと側にいてくれて、そうしてこのまま三人の暮らしはこのまま続いていくものだと思っていた。だって、朝起きたら昨日と同じ顔がそこにあって、昨日も今日も明日も同じような生活が続いているのだから、そう感じても無理もなく、けれど一緒に暮らしているからこそ時間経過に鈍感なのだ。
朝の忙しい時間、ボブヘアーはセットするのが楽だ。櫛でなんとなく髪の毛をとかしたら、外出しても良いくらいには整ってくれる。ふと鏡を見ると、白髪が混じっていることに気が付く。なんだかわたしは自分の頭に白髪が生えていることが許せなくて、思わずブチっと抜いてしまった。本書の著者は自分の母の老いを憂うことなく、さらには「かわいい探偵」と呼び、老いを受け止め、老いを受け入れている。そして、生活のなかに潜む死の匂いを感じながらも、日々の暮らしを、今の生活を楽しんでいる様子がありありと描かれている。この詩集を読んでいると、若さにしがみついている自分がかえって愚かだということに気が付き、さらには老いていく自分を、家族を、時には笑って暮らせるのかもしれない、という明るい気持ちにさせてくれる。さて、わたしは、わたしたち家族は、探偵ではなかったら何者になれるだろうか。想像するのが嫌だったはずの未来を、少しだけ思い浮かべてみる師走の夜に。
<引用文献>
※1高細玄一,「途中の旅」,『詩集 87歳のかわいい探偵は88歳になりました』,しろねこ社,2025,8p
※2※高細玄一,「やさしい時間」,『詩集 87歳のかわいい探偵は88歳になりました』,しろねこ社,2025,16p,17p
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