詩を読んでいたら作者から電話がかかってきた


詩を読んでいたら作者から電話がかかってきた。用があるわけでもないらしい。そういえば君の詩を読んでいたよ、と伝えたら、「そうなんだ」と言っていた。


それは 広くて静かで誰もいない という詩だった。

https://www.breview.org/keijiban/?id=866

とても良い詩である。火葬場の煙突から見えない煙が流れていくのを見ていたら、この詩のことを思い出して、全てが済んだあと何回か読んだ。作者は友人だ。


もう何年目かの墓参りにきた男が「人はあなたが死んだというよ」と語りかける。それ以上のことを説明しようとしたところで言葉の無意味さを思い知るだけだろうからやめておく。男は「それでもあなたはどうしても滅ばない」と言う。


この間、ずっと一緒に暮らしていた猫が亡くなった。不幸な事故や長い苦しみの末というわけではなく、天寿を全うした形だったので幾分か気持ちは楽だった。涙はたくさん出た、計量したわけではないけどおよそ1.5リットルほどの涙が出て、それ以来涙は出なくなった。火葬場に着いた頃には肉体の滅びについて何かを言うつもりも無くなっていた。ペットの火葬場にもいろいろな場所があると思うのだが、そこにはちゃんとした住職がいてお経をあげていた。僕には長年一緒にいた猫が仏教徒だったとはどうにも思えなかったから、外で煙突から流れる見えない煙を見つめていた。


「俺は肉体に宿る生命とは別の、精神とか魂とかそういうものがウキウキやっていくような場所があるとは信じてなくてさ」

「でも。いざ大切な、俺の場合は猫だけど、とにかく大切な存在がいなくなって。気付いたことがいくつかあって」

「ある一人の人間が確かに生きていて、その生きていた系譜が物語になるのだと若い頃は思っていたけどさ」

「あれは嘘だったね。物語が先にあって、言わば俺たちの肉体を使ってドライブしている」

「だからなんだという話ではないんだけど。いなくなった猫はもうとうの昔にこの車に乗って、俺の隣で差し込んでくる西日に目を細めたりしているのだろうね」

「俺が猫のことを忘れないとか、そういう話じゃなくて。冬と春のあいだに確かな仕切りなんて存在しないように」

「もうそれは不可分なものになってしまっているのだと思う。季節みたいに」


外はよく晴れていて、煙なんて一見流れていないくらい穏やかだった。建物の影に身を隠して、そこから突き出た煙突の影を見ると確かに煙が流れていた。

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