面白いことを探す旅のつまらなさ

田舎の散歩というのは、本当につまらないものだ。都会に住んでいる人たちが最近こぞって「散歩に行くようになった」というので、私も負けじと外に出て見たら、こんなにもつまらないことがあるものかと思うほどつまらない。都会の人たちは話のネタを探したりするべく散歩に行くらしいが、田舎の散歩など話のネタどころか、ゴミすらほとんど落ちていない。何故なら人通りが少ないからだ。田舎の道を歩く人といえば、犬の散歩をする人か、健康のために歩くおじいちゃん・おばあちゃん、ランニングシューズと玉虫みたいな色のサングラスを身に着けてジョギングに励む初老の男性くらいなもんである。そんな人たちは「外を出歩く」というのが目的であるため、無駄なものを持ち歩いたりなどしない。持ち物と言えばスマホと財布くらいなもんであるが、私のように「理由もなくただ歩き回る」ことが目的の人間は、もはや財布すら持ち歩いていない。つまり、何かを落とすことも、捨てることもない。整備されたアスファルトの道路はいつも綺麗さっぱりしており、ときたまアスファルトを突き破って雑草が生えているくらいである。川とドブの中間のような水辺には、人間が寄っていっても逃げることすら面倒臭そうなカモと、幽霊のように佇むシロサギ、顔を見た瞬間目にも留まらぬ速さで逃げていくミシシッピアカミミガメがぽつぽつといる程度で、面白い物が落ちていることもない。

だからといって、大通りの方に出て行っても、面白いことなど何もない。

以前、大通りの方を当ても無くフラフラ歩き回っていたとき、ゴミ置き場に黄色い物体があるのを見つけた。それはそれは明るい黄色だったので、一体何なのだろうと近付いてみると、それは「くまのプーさん」の人形であった。「トイストーリー」を見て育った私はその景色に物悲しさを覚え、せっかくなので忘れないように写真でも撮っておこうかと思った。が、結局写真は撮らなかった。

どこに住んでいる人でも想像がつくだろうが、田舎というのはコミュニティが全てである。人はみんな、誰にも興味が無いようなふりをして、道行く人すべてに興味がある。それは私も同じで、理由を考えるに、本当に田舎にエンターテインメントが無いせいであると考えられる。エンターテインメントに飢えた人間が行きつく先は、人間である。結局一番面白いエンターテインメントは、田舎の場合「人間」であることが多い。

そんな田舎の大通り沿いで、ゴミ置き場に向かってスマートフォンを向けて写真を撮っている人間を見つけたら、人はどう思うのだろう。おそらく、その光景を見た人は嬉々として「今日あった面白い出来事」としてその光景を食卓で話すことだろう。あるいは酒の肴にされるかもしれない。そうなると怖い。田舎というのは何度も言うようだが狭いコミュニティである。先日すれ違った特徴的な人に、数日後に会社で出くわす、なんてことも有り得ないわけではない。つまり私がゴミ置き場の写真を撮り、その光景を誰かに見られていたら、回り回って私自身が「ゴミ置き場の写真を撮る変わった・変な人」というレッテルを貼られてしまうことも有り得るのである。どこで誰が見ているか分からない、というのは、都会でも同じことが言えるが、田舎では特にそうなのだ。

そうなってくると、田舎の散歩は本当につまらないものである。歩いても面白い物は落ちておらず、面白い人にも出会えず、万が一面白い物に出会ったとしても、カメラを構えれば変出者になってしまう。いや、ここはひとつ、私が「面白い人」になるしかないのだろうか。そこまでの勇気は、まだない。

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