ね、ワーニャ伯父さん、生きていきましょうよ 3

いつの間にやらなにも書けなくなっていた。考えていたことはたくさんあったし、いつも散歩している川原に群生するカラシ菜の菌えいがとても綺麗だった、という話は是非にもしたかったんだけどな。撮った写真がピンボケで何から何までうまくいかない。


ロシアとウクライナの戦争が始まってもう数ヶ月が経ってしまった。最初の頃、ハンバーガーチェーンのマクドナルドがロシアから撤退するニュースをやっていた。残った店舗をロシアが接収して「アンクルワーニャ」として事業を継続すると報道されていたのを覚えているだろうか。マクドナルドの黄色いMの文字を横にして線を足しただけの、あのやる気のない看板を。


それを思い出しながら今年はチェーホフと不思議と縁がある年だなと思い返していた。最近読んだ吉田秋生の短編集も「櫻の園」だったな、そういえば。あれも、とても素晴らしい漫画だった。そのことも書きたいけれど残念ながらこの余白では狭すぎる。


村上春樹原作の「ドライブマイカー」が映画化され大変話題になった。原作というか、原案と言っていいくらいの「盛り」っぷりで同じ短編集「女のいない男たち」から設定を借りてきているものもあった。ただ、それが全然雑味になっている感じがしなかったのは脚本がうまいからなのだと思う。あるいは芯を外していないから、と言ったほうがいいのかもしれない。この作品の芯はまさにチェーホフの「ワーニャ伯父さん」であり、「盛ら」れている大部分もまさに「ワーニャ伯父さん」に関わることだった。原作では暗示的にしか描かれなかった「ワーニャ伯父さん」という劇と主人公との関わりが映画では明るみに出されている、といえばわかりやすいか。


実を言うと僕はこの映画を見た時、本当に激しく嫉妬していた。映画はもちろんよく出来ていたけど、そのこと自体に嫉妬したわけではない。嫉妬したのは、僕が村上春樹の原作もそのモチーフとなっているチェーホフの「ワーニャ伯父さん」も読んでいたはずなのに、そこで描かれている深い絶望とそこに差し込むほんの僅かな光の神々しさに、全く気づいていなかったということを思い知らされたからだ。
最後ソーニャがワーニャ伯父さんに語りかける有名なセリフがある。映画でもラストシーンに使われていた。ここにはその長セリフの冒頭だけ引用する。

ね、ワーニャ伯父さん、生きていきましょうよ。長い、はてしないその日その日を、いつ明けるとも知れない夜また夜を、じっと生き通していきましょうね。

Anton Chekhov. Wanya ojisan –den’en seikatsu no jokei yommaku– (Japanese Edition) (Kindle の位置No.1431-1432). Kindle 版. 神西清訳


この後、ソーニャの言葉はキリスト教的な(あるいはロシア正教?)教え諭しに変調していく。「神様が私たちを憐れんでくださる」と言った具合に。僕は初めてチェーホフを読んだ時のことを思い出せない。けれどおそらく自分とはあまり関係のない物語だと思ったのではないだろうか。「神様に憐れんでいただく」ためにこの苦しい1日を生きていく、とはどうしても思えなかった。実を言えば、今でもそうだ。


ただ、今になって、ソーニャの言葉が響く。銅鑼が周りの空気もろとも空間ごと鳴り響くみたいに、ソーニャの痛みが伝わってくる。ソーニャは別に「教え諭し」ていたわけではない。ソーニャはこのセリフを物語ることによって、物語そのものへと変容したかったのだとやっとわかる。そしてその苦しみも後悔もぶつけどころのない悲しみも、それを肩に背負うことができる人間にしか理解することができない。僕がそうであったように。


前回(神がいるかはわからないが、神の腕力は存在する)の続きです


続く


ukari

3件のコメント

  1. はろー、はろー、お元気ですか。
    私も「ドライブ・マイ・カー」を見ました。
    5月に新しい詩集を出しました。
    もしよろしければお返事をください。

  2. 葉山さんこんにちは

    すみませんこの頃体調を崩していたのと忙しかったのとでお返事遅くなりました。
    ハローハロー、聴こえています。
    ご出版おめでとうございます。
    良い映画でしたね。最近僕のみる邦画は当たりが多いです(「前科者」も良かったですよ)

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